ネパール中央部に位置するカスキ郡ポカラ市。ここはフェワ湖で有名なネパール髄一の観光地だ。ここに、サランコットという名の丘がある。そこはフィッシュテール峰やアンナプールナ峰を含む雄大なヒマラヤ山脈が一望できる自然の展望台だ。
午前4時半ころ、スマホのアラームが鳴るよりも早く目が覚めた。今日はサランコットで日の出の様子を眺めると決めている。前回、記者がサランコットを訪れたのは8年前の12月のことだった。あの時は夜明け前の寒さにひたすら耐えていた記憶があるが、そこから見えた雄大な景色と、それを見た観光客の喜びようもよく覚えている。
いつもと違うはずのサランコットへ
季節がいいこの時期はネパール観光のハイシーズン。8年前の冬でさえ、大勢の外国人観光客が訪れて写真を撮っていた。昨年までネパールを訪れる外国人観光客の数は増加してきており、従来どおりであれば、今もサランコットは外国人観光客でごった返していたはずである。
しかし、コロナだ。3月22日、国際線の定期運航が停止された。ネパール入国管理局が公表している8月半ばまでの統計に基づいて計算すると、ロックダウン期間中には9,484人の外国籍者がネパールを出国したのに対し、入国した外国籍者は208人のみである。国際線定期フライトは9月1日に再開したが、8月半ばから10月半ばまでの2か月の統計を見ても、その間に入国した外国籍者は合計1,602人にとどまっている。これに対して2019年には毎月平均で9万9,766人(小数点以下四捨五入)の入国があったのだから、この数字がいかに小さいかが分かる。
観光客のいないサランコット。その様子をぜひ届けたい。そう思い立った。
家を出たのは午前5時半。まだ暗い。ちょうど日の出に間に合う時間だ。
記者を載せた車はポカラの主要交差点であるプリットゥヴィ・チョークに差し掛かる。中長距離のバス発着場もここにあるため、真っ暗な中でもすでに商店が明かりを灯して営業している。ネパールの朝は早い。車はプリットゥヴィ・チョークを通過して、“ゼロ・キロミーター”を右折する。ゼロ・キロミーターとは、「0km」という意味の交差点名だ。ネパールでは時折、こういった面白い名前の交差点や道に出会う。
ゼロ・キロミーターから何メートル来たのだろうか。よく舗装されている広い道から、突如左折して細い道へ。あっという間に、サランコットへつながる上り坂に入っていく。
空がだいぶ明るんできた。陸と空の境目に赤い線が走っている。朝のこの光線が、ヒマラヤを赤く染めるのだ。
途中で、若者たちが二人乗りするバイクに追い抜かれた。彼らも丘からの眺望が目当てだろう。どうやら、展望台にたった一人、という状況はなさそうだ。もっとも、国内からの少数の観光客がいるだろうことは想定の範囲内である。
思いの他に多く、しかし実際には少ない観光客
車が行けるのは展望台の少し手前までだ。駐車場(として使われているスペース)に差し掛かって、運転手が言う。「こんなにたくさん来てるじゃないか!僕らはちょっと出遅れたようだね。」
確かに、車やバイクが何台か止まっている。これは、意外と人数が多そうだ。
車から降り、坂を上る。一応、階段が整備されている。5分~10分ほどの上り坂だが、マスクをつけての登りは少し息が苦しい。そのせいか、あるいは危険を度外視しているためか、はたまた別の理由からか、登っていく人たちの中にはマスクをしていない若者たちの姿も目に付く。
坂の始めにあるレストランの店主が彼らに声をかける。「どこから来たんだい?」これはネパールでは会話のきっかけとして普通の声のかけ方だが、若者たちは一瞬ためらい、「ここ(つまりポカラ)からですよ」と答える。真偽は不明だ。日本では、県内在住ステッカーについてのニュースがあったが、同じような心理がここでも働くようだ。
後ほど、この店主であるタパさんが取材を受けてくれた。思ったよりもネパール人観光客が大勢いて驚いたことを伝えると、外国人観光客がいない分ネパール人観光客が増えたように見えるものの、実際には例年に比べてネパール人観光客の人数も減っている、との所感を述べてくれた。この店では、コロナ前は1日あたり30人~40人ほどのお客さんが食事[mfn]ネパールでは、食事と軽食は明確に区別されており、ここでは食事をさしている。[/mfn]を取って行ったため、自分たちの分も含めて毎月15万~20万ルピー分の野菜を購入したものだったと話してくれた。[mfn]物価・客数とこの金額との計算が合わないように見受けられますが、単に大雑把な表現であったという可能性だけでなく、ネパール語では「野菜」を意味する言葉は「おかず」を意味することから、それに肉代が含まれていたという可能性も考えられます。あるいは、米等の食材費を総称していた可能性もあり得ます。当マガジンでは、この点の確認を行っていません。[/mfn]逆に今は、レストラン経営の傍ら、収入の足しにと、畑で作った野菜を一束50ルピーで売っているそうだ。
やはり、ヒマラヤは綺麗だった
頂上に着いた。8年前とは光景が全く異なり、外国人観光客の姿は見当たらない。全員、ネパール国内からの観光客のようだ。ソーシャルディスタンシングを取れないほどの人込みではない。最高の場所を確保しようとさえしなければ、スペースは十分にある。
それにしても、ヒマラヤが綺麗だ。





