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感染者数激増のネパール 背景と現状(2020年6月)

ロックダウン中のネパール・タメル地区の様子

(上の写真は、4月に旅行者が撮影した、ロックダウン中のカトマンズ市タメル地区。6月16日、感染者がさらに増加する現状に即したタイトルに再度変更しました。)

5月28日までに累計1000人。その後たった5日で倍増、その4日後に3200人に

あっという間だ。

ネパールでは5月28日に感染者数の合計が1,000人に達したところだが、わずか5日後の6月2日には倍増して2000人を超えたことが発表された。6月6日には、感染者数は3,000人を突破してしまい、感染者の確認された郡の割合もネパール全体の90%(全77郡中70郡)に達した。5月28日より後は1日平均240人を上回るペースだ。そして、6月6日はこれまでで初めてのことして、1日の感染者数が300人を上回った。この特集記事の準備中にも感染状況とそれに関連した様々な状況が次々と変化してゆき、記事公開前に何度も内容を更新することを余儀なくされてきた。

これまで、世界の先進諸国において感染者数・死者数が爆発的に増加する中、ネパールでは感染者数の増加が抑えられているかのようにも見えていた。しかし、世界で猛威をふるい続ける新型コロナがこの国だけを見逃してくれるはずはなかった。(これ以前の経緯について詳しくは、過去の記事「ネパールで感染本格化か 一日で83人感染、合計213人に 日本行きチャーター便も準備中」にてお読みいただけます。)

この10日間の間に見られる感染者の爆発的増加の背後にはネパール特有の事情がある。そして今、感染者が急増する中で、平常化への機運と緊張とが共に高まってきている。独特の空気感だ。これらの背景と現状を特集した。

感染爆発の背後にあるネパールとインドの特別なつながり

ネパールは、中国とインドという二つの大国に挟まれた位置にある。長方形をしている国土の3辺がインドとの国境である。北の中国側国境はヒマラヤ山脈であるため、陸路でそれ程多くの往来があるわけではない。陸上のヒト・モノの流れの圧倒的大部分はインドを相手としたものである。経済的にはもちろんのこと、歴史的・政治的・文化的・宗教的にもインドとネパールの結びつきは非常に強い。両国間の協定によって両国民ともパスポートなしで国境を行き来できるし、お互いの国での就労にも政府の許可を必要としない。

個人用の日用品をインドで購入しても、ネパール側へ持ち込む際に関税はかからない。そのため、国境地帯では、物価の安いインド側に日用品の買い出しに出かけてゆく人も多い。バイクや自動車も、日帰りであれば乗車したまま持ち込むことができる。さらに、インドルピーはネパールでそのまま使用することができ、両替は必要ない。インドルピーとネパールルピー間の取引は固定相場制が取られているため、レートが変動することはないのだ。(なお、500ルピー以上の高額インド紙幣は、ネパールへの持ち込みが禁止されている。)また、国境付近の地域では、親族がインド側とネパール側にまたがって生活している人たちも少なくない。

さらに、言語面でもネパール語とヒンディー語はとても近い関係にある。使用している文字が同じで幾つかの単語が共通しているというだけではない。ネパールでは普段からインドのテレビ番組が視聴されているし、中でもとりわけ、子供向けのアニメ番組はほとんどヒンディー語で放映されているため、ネパールの人々は幼児期からヒンディー語に触れて育つのである。こうした環境ゆえに、ネパール人のほとんどはヒンディー語を聞いて理解することができ、インド国境地域の住民であれば、話すことにも不自由ない人が多いのである。

こういった事情から、ネパール人の多くにとって、最も気軽に行ける留学先、出稼ぎ先、及び移住先がインドである。在ネパールインド大使館のホームページによると、現在インドで生活しているネパール人は600万人にも達しようとしている。これは実に、ネパールの総人口の約20%にも及ぶ数だ。そのうちの就労者数は、非公式情報ながら、100万人~150万人であると見積もられている。これは、出稼ぎ先として2番目に多くの労働者が滞在しているサウジアラビア及びカタールの40万人と比べても圧倒的多数であることが見て取れる。(この労働者数は、ネパール外務省発行の「Annual Report 2017-2018」に基づきます。)

これに関連して、インドとネパールの密接な関係を表している興味深い点を一つ補足しておきたい。それは、ネパールではインドは「外国」としては扱われていない、という点である。インドが「近隣国家」を表すネパール語で「チメキ ラストラ(छिमेकी राष्ट्र)」と呼ばれることはあっても、飽くまでインドは「インド」であり、外国を意味するネパール語「ビデス(विदेश)」が当てられることはない。これは公式にもそうであり、例えば、前出のネパール外務省発行の「Annual Report」でも、インドは「海外出稼ぎ先トップ5(Top five destination for overseas employment)」に含まれていない。インドはネパールの人々にとって「隣の国」ではあっても「外国」ではないのである。

インドでのロックダウンと感染爆発はネパール人を国境へ向かわせた

その、ネパールと切っても切り離せない関係にあると言えるインドで、新型コロナウイルスの感染者数が爆発的に増加している。記事執筆時点で、インド保健・家族省(Ministry of Health and Family Welfare, Government of India)によると、インド国内の現時点での感染者数は22万6770人に達し、6,348人の死者が出ている。1日ごとの感染者数は1万人に迫る勢いで増え続けている。それでも、ロイター通信が6月3日にインド当局者の話として伝えたところによると、感染のピークはまだ数週間先になるとみられているというのが現状だ。

多くの出稼ぎ労働者にとって、出稼ぎ先で仕事ができないのであれば、そこに留まる理由はない。その上、新型コロナ感染が現実の危機として迫っているとなれば、なおさらだ。

インドではロックダウンを受けて都市部から徒歩で出身地に帰ろうとする人々がいるということが日本でも報じられてきた。中でも、150kmの道のりを徒歩で帰ろうとして途中で命を落とした12歳の少女や、ケガを負っている父親を自転車に載せて1200kmを無事に旅した15歳の少女は代表的な例だ。

しかし、同じことが起きたのはインドだけではない。ネパール国内でもロックダウンが開始されてしばらくすると、首都のカトマンズから徒歩で田舎に帰ろうとする人たちが大勢現れた。そして、インドにいる大勢のネパール人の間でも、出身地に帰ろうという動きが始まった。

3月23日にはインド—ネパール国境も封鎖されていたため、在インドネパール大使館は「在インドネパール人に対するネパール大使館の訴え(原題:भारतमा रहनुभएका नेपालीहरुलाई नेपाली राजदूतावासको अपिल:)」と題する告知を出して、今いる場所にとどまるように訴えかけた。翌日には再度その点を強調し、さらに3週間後の4月15日には「在インドネパール国民のための特別緊急告知(原題:भारतमा रहनुभएका नेपाली नागरिकहरुका लागि अत्यन्त जरूरी सूचना।)」を出して、ネパール国境は封鎖されていること、そのためネパールへ戻ろうとするのではなく今いるところにとどまるようにと再度勧告している。それでも、インド—ネパール国境に到着するネパール人の数は日に日に増していった。入国を認められなかったとはいえ、二国間に大海原があるわけではない。国境は、あるいは陸続きで、あるいは川があるだけだ。彼らにとっては大変な旅をしてようやくたどり着いた母国である。警備兵の目を盗み、夜中に川を泳いでもネパールに入国する人々がいることについて、現地で度々報道されるようになった。果たして、そのような人々の中に、感染者が見つかり始めたのである。

そして、ネパールのロックダウン開始から2か月が経過する頃には、国境のインド側に留め置かれていた人々の入国が全面的に認められるようになった。一つの国境通過ポイントから何千人もの帰国者が一斉に流れ込んだ。彼らはそれぞれの出身地まで特別運行バスで向かい、到着後にその地方の隔離施設に滞在することとなった。

これが、背景である。

ネパールでも近づく医療崩壊

今、ネパールで感染者数が爆発的に増加しているのは、こういった隔離施設にいる人たちの間でのことである、と理解されている。(もちろん、感染者全員がインド帰国者だと言われているわけではない。)下に感染者数別に色分けしたネパールの地図を掲載しているのでご覧いただきたい。国内でもとりわけインドとのつながりが強い南部の平野部に感染者が多いことは一目瞭然である。また、インドからの帰国者に感染者が多いということは、ネパールの男女別感染者数が極端に偏っていることの説明となりそうである。その差、実に約13倍である。(男性3,003人に対して女性232人)

(※色ごとの感染者数は以下のとおり。 灰色:1人~9人、黄色:10人~29人、明るい赤:30人~49人、暗い赤:50人~99人、紫:100人~299人、青:300人~999人、黒:1000人以上。地域をクリックすると郡の名前と感染者数を確認できます。また、全画面表示では各郡の属する州もご確認いただけます。)

(※※地図は毎日一度更新していますが、当記事本文中では6月6日までのネパール政府公式発表に基づく数字を掲載しています。感染者数の最新情報はトップページにも掲載しています。国境線及び郡境線は、おおよそのものです。また、地図上の国境線は、便宜上グーグルマップに準じておりますが、現在ネパールとインドの間で発生している国境問題に関して弊社はどちらの立場をも支持するものではないことにご留意ください。)

もちろん、これまでの世界での感染爆発の経緯を見れば、感染者の多くが外国からの帰国者であるということをもって、国内に感染が広がらないと楽観することはできない。実際、隔離施設は被隔離者であふれ始めており、簡易テスト(RDTテスト)の結果が陰性だった人は自宅へ戻らせるという措置が取られつつある。

6月4日、人口・保健省は「公衆衛生上の緊急事態宣言(जनस्वास्थ्य संकटकाल घोषणा)」を出すよう閣議に対して推薦を出したと発表した。現地報道によれば、もし閣議を経て緊急事態宣言が出されれば、国が国民個人や団体に対して強制力を伴う命令を出すことが可能になるという。また、無症状感染者を自宅や隔離施設にとどまらせ、症状の出ている感染者のみを病院で治療するという措置も取られるようになるとされている。

そして、幾つかの病院ではすでに無症状感染者を陰性の確認無しに退院させ始めていると報道されている。

大病院が全医療サービス停止

こういった中、すべての診療を止めてしまった病院が出始めたとのことだ。ネパールでは、ロックダウン初期の慌ただしさの中で、熱のある病人が来院を拒否されるといったケースが相次いで報道されていたが、ここに来て感染者の確認された大病院が自主閉鎖するようになったのだ。

複数の現地ニュースサイトが伝えたところによると、すべての医療サービスを停止したのは、6月2日火曜日に医療スタッフと来院者2人ずつにコロナ感染が判明した「カトマンズ・メディカル・カレッジ教育病院」(Kathmandu Medical College Teaching Hospital)である。期間は定められていない。この病院は3月31日付に「カトマンズ・メディカル・カレッジはCovid-19と戦う国民及び政府と共にいます」と題する告知をホームページに掲載しており、今でも閲覧することができる。その中で、同病院は既にコロナ患者を迎える態勢を整えていると宣言している。これは一体、何だったのか。

とはいえ、この病院のケースを取り上げたのは、病院や職員の対応を批判するためではない。現地報道によれば同じように病院閉鎖を実施した大病院は他にもあるし、コロナ問題が始まって以来、ネパールの医療従事者が向き合っている別の問題もある。日本の大学病院のような位置付けの大きな病院の取った措置を伝えることで、ネパールの人々の置かれている状況をお伝えしたいのだ。

ネパールで医療従事者が向き合っている別の問題とは、隔離施設で医師が暴行を受けたり、病院の監視カメラが何者かに持ち去られたり、医療従事者が住む家からの立ち退きを大家から求められたりしているなどといったことだ。こういったケースの報告を受けて、6月4日には、医療従事者の意欲をそぐいかなる行いもしないよう、人口保健省が国民に呼びかける事態ともなっている。

医療従事者も一人の人間であり、それぞれの生活、家族がある。こうした事柄や新型コロナウイルスそのものに対して恐怖を感じて現場から身を引く判断をする人が出たとしても不思議はない。

他国からネパールへの帰国も始まる

こうした中、6月5日からは、世界各地にいるネパール人の母国への帰国が始まった。第一陣はミャンマーからの26人だとのことである。

国際線フライトが停止されて以来、ネパールに滞在中の外国人と、ネパールを出国したいネパール人を対象にしたチャーターフライトは幾つか運航されてきたが、外国に滞在中のネパール人の帰国はこれが最初である。

帰国者は、まず待機施設(Holding Center)に滞在することになる。

この26人は全員、PCR検査を含めた健康チェックを受けて問題なしとされた人たちであるとされているが、次に到着したU.A.E.からの約160人の中にはPCR検査がなされていない人たちがいると報道されている。

現在外国にいるネパール人の間でコロナ感染はどれほど広がっているのだろうか。5月31日のonlinekhabar.comの記事によれば、すでに世界で16,000人のネパール人がコロナウイルスに感染し、121人が命を落としている。

同時に、ロックダウン緩和の機運も高まる

3月24日に始めた全国を対象としたロックダウンは現在でも有効であり、期間は6月14日まで延長されているが、上述のとおり感染者数は増加の一途をたどっている。

それでもネパールの一般市民の間ではむしろ危機感が薄れてきているようにさえ観察されるのだから不思議である。長引くロックダウン生活に疲弊し、日常に戻ろうとする動きが強まっている、と言えば正確だろうか。記者の自宅近所の日用品店の店主は、なるようにしかならない、と少し諦め顔でもあった。

写真は、カスキ郡ポカラ市内の様子である。

ロックダウン中にも人だかりができたポカラ市内某所
(ポカラ市内にて5月31日撮影。住民感情に配慮して場所を特定できる情報を隠してあります。)

ネパールの文化を考慮に入れれば、まるでロックダウンなどないかのようだとまでは言わないが、求められているソーシャルディスタンシングは保たれていない。人だかりの中心は、自転車で豆を売りに来た行商人だ。マスクをしていない人も少なくないし、していても顎にかけていて鼻と口はむき出しの人も観察される。

もっとも、カスキ郡では6月5日になるまで感染者の報告はなく、他の地域に比べて危機感が薄くなりがちであったのは否めない。とはいえ、ネパールで感染者数が増え始めた頃に感染者0人で注目されていたカルナリ州も、今では579人の感染者が報告されており、その数はさらに増加の勢いを増している。6月5日、カスキ郡でもついに最初の感染者が報告され、翌6日には2、3、4人目が見つかっている。こうしたことを受け、これからまた市民生活に何か変化が起こるかも知れない。

経済活動再開への動きも

経済活動再開を目指す動きもある。

現地報道によれば、6月4日にはカトマンズ盆地内のカトマンズ郡、ラリトプル郡、バクタプル郡の様々な業種の商店主が、ロックダウンを破って11時まで営業を行う、と主張して開店した。これを受けて当日中に3つの郡知事と店主側代表者との間で話し合いの場が持たれたという。

さらに、大勢の感染者数が出ているバケ郡やパルサ郡またダヌサ郡でも、日替わりや時間を決めて各種店舗を開けるようにする許可が地方政府から出たと報じられている。こうした流れを受けて中央政府もロックダウン緩和に向けて話し合いを始めたと報じられており、今後のロックダウンの形態をどうするか模索が続いている模様だ。安全と経済のバランスのとり方は、世界中の国々が直面し、未だ答えが出ていない難問である。

個々の人の意識が一層重要に

感染拡大のピークがいつ頃、またどの程度になるかをまだまだ見通せないネパール。感染予防の方法については、ネパールの人々は毎日どこかに電話をかける度に、呼び出し音に代わって流れるアナウンスによって耳にタコができるほど聞かされている。どれほど真剣に取り組んで安全に過ごせるかは、最終的に個々の人の安全意識に依存するということだけは間違いない。一人でも多くの人がコロナ感染とそれに関連する様々な問題から逃れられることを願っている。

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