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ネパール語の推量表現②-細部にこだわって正確な推量を

ネパール東部スンサリ郡で撮影したトラクター
(ネパール東部スンサリ郡で撮影したトラクター)

合同会社アジア・パブリック・インフォメーションがお届けする本気でネパール語を習得したい人のための解説ページ。今回は、ネパール語の推量表現について深堀りしていきます。基本な事柄は前回の解説で徹底的に取り上げていますので、そちらをご覧ください。今回の内容は以下のとおりです。

動詞を推量形にした場合と「होला」を付けた場合の違い

前回の解説で、基本的にネパール語の推量形には2つのパターンあることを学びました。「होला」を使う場合と、動詞を推量形に変化させるものです。では、この二つに違いはあるのでしょうか。

推量の度合い(確信度の強さ)にはあまり差がないようですが、表現の丁寧さに差が出ます。例えば、「म गरूँला।」と「म गर्छु होला।」は、どちらもともに「私がやりましょう。(私がやるだろう。)」という意味ですが、 後者の方がより一層丁寧な表現として相手に伝わるようです。

それには、以下に解説するとおり、「होला」にある表現を和らげる役割によるものと思われます。

「होला」が口調・表現を和らげる

何かを断定口調で言うよりも、ぼんやりとオブラートに包んで和らげたいという心理はネパール語表現にも表われます。この場合実際には何かを推量しているわけではなくても、「होला」が用いられます。

日本語で言えば、例えば何かの誘いを断りたいときに、「いいえ、やりません。」と言い切る代わりに「やめておこうかな」と言うことによって表現を和らげることがあります。これと同じです。

ネパール語では、「नगरौँ।」と言い切る代わりに、「नगरौँ होला।」と言います。あえて直訳するならば「やめようだろう」となりますが、実際には推量表現ではありません。

もちろん、表現を和らげる必要のない場面や和らげてはいけない場面、あるいは意志の強さなどといった要素によって「होला」をつけるかどうかが選択されます。

そういうわけで、直接に動詞を推量形にした表現よりも 、断定表現に対して「होला」を付けた表現の方が丁寧に聞こえやすいのでしょう。とはいえ、言語はコミュニケーションの道具。「होला」を付けても口調やどの単語に強調を置いて話すかによって、相手への伝わり方は変わってきます。例えば、同じ上記の表現「म गर्छु होला।(私がやりましょう)」でも、敢えて「होला」をものすごく強調すれば、「多分ね」ということを強調しているわけで、実際にはやる気がないということを伝えることになります。「होला」は飽くまで推量表現で、丁寧さが加わるのは副産物のようなものだと考えておきましょう。

「सायद」とは何か

ネパール語の推量表現を学ぶ上で欠かせない単語に「सायद」があります。「होला」と一緒に用いられることも多々あります。

この単語は「恐らく」という意味です。「多分」よりも確信の度合いが弱くなります。

「होला」は確信の度合いが40~60%ほどですが、「सायद」は20~40%ほどという感覚です。 

「होला」と言ったものの確信度が弱い時には、直後に「सायद」と続けることで、その感じを表現します。「होला सायद।」となります。このように、「सायद」は「होला」の後ろに来ることが基本です。とはいえ、ネイティブが「सायद」の後に「होला」を続けていることを耳にすることもあります。ですが、その場合は「सायद।」と「होला।」と別々の文が続いていると理解できます。話しながら考えを巡らしているその感情が表れています。

このことを意識しておくと、文末の「होला」の直前に「सायद」が入り込むことはないということも自然と身に付きます。「यस्तो भएको होला सायद।」と言うことはあっても、「यस्तो भएको सायद होला।」ということはまずありません。

さて、文末に「होला」や「सायद」を付けるのは、日本語で言えば文末に「多分ね」と付け加えているのと同じですが、ネパール語でもその分が推量であることを示す語を最初にもってきて「多分こうなったんじゃないかな」と表現することも可能です。その場合は、「सायद」と言ってから文を始めます。「होला」が文頭にくることはありませんので気を付けましょう。「होला」が動詞「हुनु」の推量形であることを覚えておけば、理解しやすいと思います。

そして、「सायद」で文を始めた後の文末は断定の形にすることも、推量の形にすることもできます。もちろん、断定の形が使われた時よりも、「सायद」と言った上でもう一度文末が推量形になっているときの方が、確信度は弱くなります。

「पक्कै」を伴った表現

話し手に100%の(あるいはそれに近い)確信がありながらも確証がない場合、あるいは相手が目上の人であるために断定的な口調を避けたいといった場面があります。ネパール語でも、そういった気の使い方をするものです。

そういった場合には、強調語である「पक्कै」や「पक्कै पनि」を使用します。

「पक्कै」とは、「確かな」や「確実な」といった意味をもつ「पक्का」という形容詞の強調形です。「पक्कै पनि यस्तो हुन्छ होला।」といったように推量表現と一緒に用いることで、「確実にこうなるだろうね」といった意味合いになります。

「सक्छ」を使った推量表現

さて、ネパール語の推量表現には動詞「सक्नु」を使ったものがあります。これもまた超頻出です。これは、厳密には推量表現ではありませんが、動詞そのもののもつ意味ゆえに推量表現のカテゴリーでとらえた方が分かりやすいものです。さて、まずは以下の例文にご注目ください。

例文) यस्तो भएको हुन सक्छ।

単語そのものは先ほども出てきたものですね。「यस्तो」は「このように」、「भएको」は「なった」です。問題は「हुन सक्छ」です。読者の皆さんはどう訳されるでしょうか?

「सक्नु」は超頻出単語ですので、ネパール語学習者の多くは学習を始めたかなり早い段階でこの単語に出くわし、辞書に出ている「できる」という意味で覚えておられるのではないかと思います。そして、学習を進めるにつれて、「できる」を意味する単語が他にもいくつかあることを知り、使い分けに困惑する、というのはネパール語学習あるあるです。

この使い分けについての解説はまた後日に譲るとしまして、「सक्नु」は「可能(性)」を表わしているという点を指摘しておきたいと思います。肯定形であれば、「可能性がある/可能である」。否定形であれば、「可能性がない/可能でない」ということです。それで、日本語としては「できる/できない」という語が充てられることが多くなります。この訳は、多くの文脈では決して間違っていません。

ですが、上の文ではどうでしょうか。「このようになったできる」では明らかに表現が成り立っていません。

この文の正しい訳は、「このように(こう)なったのかも知れない。」です。もっと字義的に訳せば、「このようになった(という)ことがあり得る」です。「सक्नु」が「可能(性)」を表わしているということを正しく理解しておくと、すっと理解できます。

この表現の文頭に、「सायद」が来ることもあります。やはり、推量表現のカテゴリーに含んで考えることができる表現ですね。

「पर्छ」を使った推量表現

同じようなものに、「पर्नु」があります。この単語の詳細な解説はそれだけで凄いボリュームになりますのでやはり別の機会に譲りますが、推量表現のカテゴリーで考えることができる部分だけ今回解説しておきたいと思います。

「पर्नु」の意味として代表的なものに「…なければならない」というものがあります。しかし、これが代表的な意味だからと言って、これだけを記憶していると、ネイティブが言っている事柄の意味合いを誤解したり、こちらの伝えたい強度で相手に伝わらなかったりということが起こります。

というわけで、次のことをぜひ覚えておきましょう。「पर्नु」には、「はずだ」という意味もあります。そしてネイティブの中では「なければならない」と「はずだ」の使い分けはあまり意識されていないようです。やはり、同じ一単語ですから。よく考えてみれば、日本語でも「当然こうするはずですよね」≒「当然こうですよね」≒「こうでないといけないですよね」といったように、ほとんど意味が同じになる「はず」と「なければならい」が存在します。

では、以下の二つの例文をご覧ください。

例文)यस्तो हुनु पर्छ।

例文1)यस्तो हुनु पर्छ।

例文2)यस्तो भएको हुनु पर्छ।

多くの文脈において、例文1の訳は「こうでなければならない。」で、例文2の訳は「こうなったはずだ」です。「なければならない」と「はずだ」を逆に当てはめると日本語としてはちょっと変ですね。でも、文脈や言いたいことによっては、入れ替えも可能です。

「はずだ」と「なければならない」がネパール語では日本語程には違いがはっきりとしていないということを理解できたのではないでしょうか。

さて、少し話題がそれましたが、今は推量表現についての解説です。例文2は実は、「きっとこうなったのだ」と訳すこともできます。確信度合いのかなり強い推量表現ですね。

まだネパール語理解が浅かったころの筆者のこんなエピソードがあります。ネパールで住んでいた家の大家さんと雑談をしていると、話題は都市部の人口が増え続けていることに及びました。そして大家さんは真顔で、人口が増え続けて言った先に「युद्ध हुनु पर्छ।」とおっしゃいました。筆者はこの表現を「戦争にならなければいけない」という意味に理解し、過激な発言にびっくり仰天しました。ですが、その後の話から大家さんが言っていたのは「きっといつか戦争になるはずだ」ということが分かり、胸をなでおろしたのでした。

「सक्नु」も「पर्नु」もそれ自体が推量形を取れる

さて、「सक्नु」と「पर्नु」についてここまで考えてきたことは文法上の形ではなく、単語そのものの持つ意味からくる推量表現でした。ですが、これらの単語も動詞ですので、推量形に変化することが可能です。

「यस्तो हुन सक्ला।」「तिनीहरू गर्न सक्लान्?」「यस्तो गर्नु पर्ला।」と言った具合です。もちろん、断定の形を取ったときよりも少し確信度合いが低くなっています。

「はず」ではなく「なけらばならない」ときの「पर्छ」

さて、誤解を避けるため、一言だけ追加しておきたいと思います。「पर्छ」を使った、まさに「なければならない」ということを意味する表現も存在します。その場合は、「पर्छ」には何も変化をつけず、その直前の動詞を強調形にして表現します。例えば、「हुनै पर्छ।」、「गर्नै पर्छ」といった具合です。強調形ですので、「きっと」が「絶対」に変わったと理解できるでしょう。

願望形との親和性

さて、ネパール語学習を始めたばかりのとき、「फेरि भेटौँला।」と「फेरि भेटौँ।」の使い分けに戸惑ったことがあるのではないでしょうか。どちらも「また会いましょう」という日本語で紹介されています。

ここまで推量形の勉強を進めてきたのでもう分かると思いますが、「भेटौँला」の方は推量形です。「(きっと)またお会いするでしょう」というのが直訳です。それに対して「भेटौँ」は願望形です。直接には「また会いたいです」と言っているわけです。確かに、どちらも日本語としては「また会いしましょう」という訳が自然ですね。ですが、ネパール語の文法としては、こういった違いがあります。

究極の形「कृपया गर्नुहोला」

このように、ネパール語の推量形と願望形は親和性があります。その究極の形ともいえるのが、高尊敬主語に対して用いられる「कृपया गर्नुहोला।」といった形です。訳としては「どうぞなさってください。」ですが、文法的には推量形です。「どうぞお座りになることでしょう。」が字義訳です。「するように」というこちらの願いを伝える直接の表現は「गर्नुहोस्」ですが、こちらの意志ではなく、相手の意志を推測(推量)した表現にすることで、より一層丁寧な表現となっているわけです。(使い方によっては、嫌味っぽくなることも。)

まとめ

では、まとめです。今回はまとめとして、さまざまな推量表現の確信度合いが強い順に並べておきます。一部本文中にできて来ていないものもありますが、過去に解説した分野と総合して理解していただけると思います。

表中の確信度は、話し手の感覚の問題ですので厳密なものではありませんが、大体の目安として示しているものです。

ネパール語表現日本語訳確信度合い
पक्कै…हुनु पर्छ।きっと…のはずだ。/ きっと…に違いない。90~99%
पक्कै…होला।きっと…なのだろう。85~99%
…हुनु पर्छ।…のはずだ。70~90%
…होला।…だろう。40~70%
…हुन सक्छ।…なのかもしれない。/ …であり得る。40~60%
सायद…हो।恐らく…だ。30~50%
सायद…होला।恐らく…だろう。20~40%
होला सायद।…だろう、多分。20~40%

ネパール語の推量表現、正確に覚えて確信をこめて使いましょう!では、次回は願望形の解説です。お楽しみに!

(※当サイトを運営する合同会社アジア・パブリック・インフォメーションは、ネパール語翻訳のご依頼も承っております。詳しくは、弊社公式ホームページをご覧ください。)

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