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【編集長コラム】ネパールのコーヒー事情を探る④

記事公開日: 2020年2月5日

今回からカフェに目を向ける

日本とは異なるコーヒー文化の発展を遂げているネパール。その発展の様子を探る本コラム。前回まではスーパーマーケットの商品陳列から探っていきましたが、今回はカフェの発展から探ってみたいと思います。

2010年、カフェがあるのは観光地だけだった

私が初めてネパールを訪ねたのは2010年。ネパールは当時まだ圧倒的な紅茶文化でした。庶民の憩いの場と言えば、チヤパサル(चिया पसल)。そのまま訳せば、お茶屋さん。喫茶店と言うこともできるかも知れませんが、ゆっくり休んだり会議をしたり、ということはあまりありません。ましてや、仕事をするなんてことは、ほぼありません。チヤを飲んで、場合によってはおやつを食べて、飲み終わったらすぐに出発する、これがチヤパサルでした。

とはいえ、ずっとそこに座り込んでおしゃべりしている人がいないわけではありません。それは、近所のお爺さまたち。ネパールでは今でも日本より近所付き合いが濃く、女性陣は文字通り井戸端会議、男性陣は‟チヤパサル会議”、 となるわけです。でも、近所の人ではないお客さんがチヤパサルに長居をする、という文化はあまりありません。

もし誰かとゆっくり話したいのであれば、自宅に呼んでお茶を淹れるか、あるいは仕事場にチヤのデリバリーを頼んで会議をするか、といった感じです。繰り返しますが、カフェでゆっくり、という文化はありませんでした。

そもそも、コーヒー人口が少ない。

今でも、‟何でも揃う”ショッピングセンターにドリッパーやフィルターが置いていないくらいですから、一般にコーヒーを飲む人はほとんどいませんでした。そんな状況ですので、その当時においしいコーヒーが飲めるカフェはそれほど多くありませんでした。

では、どこならお目にかかれるのか。

それは、観光地です。

ネパールはヒマラヤ山脈を擁する観光国です。外国人観光客が大勢集まる場所では、やはりコーヒーの需要があります。

カトマンズでは、タメル地区が外国人観光客の拠点です。そこに行けば、安いゲストハウスから、両替商、外国の料理が食べられるレストランやお土産屋さんなど何でもあります。そういう場所ですから、ここに行けばヨーロッパ風のお洒落なカフェにもいくつか出会うことができました。

それから、カトマンズから西へ約200km、フェワ湖に臨むポカラもネパール有数の観光地です。ここにも、カフェがありました。

とはいえ、当時ポカラは日本から友人が遊びに来た時に一緒に行っただけですので、ここではタメル地区の事情についてお伝えしたいと思います。

ネパールのカフェの持つ特別な役割

2010年当時、外国人向けのカフェに外国人が訪れることには、おいしいコーヒーをゆっくり味わうこと以外にも、特別の役割がありました。

それは、Wi-Fiに接続することです。

当時のネパールはまだまだインターネット普及率が低く、自宅にインターネット回線を引いてある人は極めて少数派でした。そして、モバイルデータ通信も通信速度が極めて遅く、無いも同然の状況でした。そもそも、携帯電話の普及率もまだ低く、どれ程安価な携帯電話でも贅沢品として扱われる印象でした。私などは、当時1500ルピー(当時のレートで約1750円)で購入した携帯電話を盗まれたことがあります。この携帯、カラーディスプレイでもありませんでしたし、本当に電話ができるだけの、まさに“純粋な”携帯電話だったのですが。それでも、当時は貴重品だったんですね。

そういった通信状況でしたので、当時ネパールには‟サイバー”と呼ばれるインターネット屋さんがありました。いわば、インターネットカフェですが、ネパールの場合、‟サイバー”はあまり落ち着いた雰囲気でくつろげる場所ではありません。それで、多くの外国人は、無料Wi-Fiにつなげるカフェを利用することになります。私も、日本の家族や友人との連絡用に、よくカフェのWi-Fiを利用したものです。

無料Wi-Fiに接続できること。

これがネパールのカフェにおいては重要な付加価値でした。無料Wi-Fiのないお店は人気を失っていくことになり、カフェにとって無料Wi-Fiは必須設備となってゆきました。

以前、ネパール人の友人がカフェのホール係としてアルバイトをした経験を話してくれたことがありましたが、こんなことを言っていました。

一杯だけコーヒーを注文して、その後ず~とネット使ってるお客さんがたくさんいるんですよね。「そっか、カフェってこうやって過ごす所なんだなぁ」って勉強になりました。

by20代のカフェ店員

彼女がカフェでアルバイトをしていたのは、今から10年以内のことです。元々チヤパサル文化しか知らなかったネパールの若者の、とても素直な、そして新鮮な反応でした。

当時、タメル地区にはカフェ・カルディがあった

さて、なんと、当時のタメル地区には、カフェ・カルディがありました。KALDI COFFEE FARMのサイトを見ると、今でもタイに5店舗ほど出店していることが分かりますが、当時はネパールにも出店していたんです。

当時の写真を探してみましたが、見つかりませんでした。でも、当時の「地球の歩き方」には載っていましたので、お持ちの方がおられたら確認していただくことができるかと思います。

カルディさんも当時のネパールの不便さにはご苦労されたのだろうと推測します。ビルのスペースを借りての店舗経営でしたが、そのビルの(というよりネパール全体の)トイレは流れが悪かったですし、高い付加価値を提供するはずのWi-Fiも安定せずにしょっちゅうブツリブツリと切れていました。そして、当時は、計画停電が一日18時間などということもありました。それはそれは、カフェ経営には不向きな土地でした。それでも、コーヒー好きの外国人にとってカルディが当時とても貴重な存在であったことに変わりはありません。

場所は、以下のとおりです。

今は、ヒマラヤン・ジャバ・コーヒーに変わっています。どうして撤退することになったのか、私には分かりません。上記のことが関係しているのか、他の理由があるのでしょうか。その経緯は分かりませんが、今でもこの場所に来ると懐かしくカルディを思い出します。

次回は、ネパールの他のカフェで体験したことをお届けいたします。ネパールで勢いよく発展を遂げるカフェたちの現在地が見えることと思います。

それでは皆様、素敵なCoffee Breakを。

HBK.Iでした。

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