
品揃えに注目してみる
皆さんこんにちは。「ニュース・オブ・アジア」編集長のHBK.Iです。
前回のコラムにて、紅茶文化の根強い国ネパールでも徐々に庶民生活の中での優先順位が紅茶からコーヒーに変わりつつある様子をお伝えいたしました。それは、スーパーマーケットでの商品の陳列の様子から分かりました。
今回は、その続きです。前回は商品陳列の順序に注目しましたが、今回は陳列されている商品の品揃えからネパールのコーヒー事情を探っていきたいと思います。
ネパールには、あのコーヒー器具がない
まずは、前回も掲載した次の写真をもう一度ご覧ください。バドバテーニ・スーパーマーケットでのコーヒー用品売り場の様子です。

この写真、よくご覧いただくと、何かがないことにお気づきにならないでしょうか?コーヒーサーバー(紅茶兼用)はありますし、コーヒープレスや直火式エスプレッソメーカーなんて洒落た物も置いてあります。
でも、何かがありません。
そう、ドリッパー。
え?ドリッパー?フィルターじゃないの?と思われた人がいるかも知れません。確かにフィルターという言い方もできます。でも、私は今のところドリッパーと呼んでいます。まずはちょっとこの論点についてご説明しますね。
フィルターなのか、ドリッパーなのか
身近なコーヒー器具でも、その名称が確立されていないものがあります。まずは、下の写真を見てください。

この淹れ方を何と言うでしょうか?
ハンドドリップですね。この点は問題ありません。さらに言えば、紙でろ過していますので、ペーパードリップとも言えますね。
では、コーヒー豆を濾すのに使われている紙は、ペーパーですか?フィルターですか?
さらに、その紙を支えるための器具は、ドリッパーですか?それとも、これこそがフィルター?
フィルターか、ドリッパーか。実は、これが統一されていません。
大手コーヒー器具メーカーである、Kalita(カリタ)、Melitta(メリタ)、Hario(ハリオ)で考え方が異なっているようです。
HarioとKalitaは、器具をドリッパー、紙をフィルターと呼んでいます。ペーパーフィルターですね。
でも、Melittaは、器具をフィルター、紙をフィルターペーパーと呼んでいます。
HarioとKalitaは、ドリッパーにフィルターを取り付けてドリップするという考え方、Melittaは器具と紙が一体でフィルターとして働くという考え方なのだと思います。
当コラムでは、HarioとKalitaが多数意見であることを考慮し、彼らの考え方にならっています。でも、もともとペーパードリップを考え出したのがMelittaさんであることを考えると、この考え方を採用したい気持ちにもなります。悩ましいですね…。
さて、本題に戻りましょう。ドリッパーが売っていない。ここに、ネパールのコーヒー文化の独特の発展の仕方が見えてきます。
「コーヒー=エスプレッソ(シアトル系)」
前の記事で書いたとおり、ネパールの一般家庭でコーヒーを飲む文化はありませんでした。もともとコーヒーと言えば、インスタントコーヒーと砂糖をミルクに溶かしたものか、チヤの上にインスタントコーヒーをまぶしたものでした。
しかし、エベレストを擁するネパールは観光国です。世界各地からの観光客がやってきます。彼らは、当然、本物のコーヒーを欲します。それで、外国人観光客が集まる地区には、外国人向けのカフェができました。本シリーズ最初の記事にも書きましたように、カトマンズ市のタメル地区にはCafe KALDIなどもありました。他にもお洒落なカフェが幾つかありましたが、あの頃はそうしたカフェにillyの看板がよくかかっていました。
illyの公式サイトには、こうあります。
Francesco Illy founded illycaffè in 1933. His 1935 invention of the illetta, considered the blueprint for modern espresso machines, revolutionized coffee preparation.
https://www.illy.com/en-us/illycaffe-history
つまり、現在のエスプレッソマシーンの青写真となったと考えられているコーヒー抽出マシーンillettaを発明したのが、初代illyさんだったということです。1935年のことでした。
そんなillyコーヒーがネパールの多くのカフェに供給されていたわけですから、ネパールでは、カフェと言えばエスプレッソの飲める場所として認識されていくことになったのだろうと推測されます。
最初は、外国人が主な客層となっていました。
しかし時が経つにつれ、海外でコーヒーの味を覚えて帰ってきたネパール人も徐々に増えてきました。また、恐らくインターネットの普及とインドのテレビ番組の影響もあってのことと思われますが、「お洒落なカフェでコーヒーを飲むのはお洒落なことだ」という認識が広がっていきました。経済的に少し余裕のある人も増え、カフェでコーヒーを飲むために200-300ルピーを費やすのも全く考えられないような贅沢というわけでもなくなってきました。(2010年頃、カトマンズの庶民的な喫茶店でチヤは一杯10-15ルピー、高くても25-30ルピーほどでした。)
折しも、この10年くらいと言えば、日本のコーヒー業界にもサードウェーブが到来したとは言えまだまだ主流はセカンドウェーブで、‟シアトル系”と呼ばれるアレンジコーヒーが圧倒的に大流行している時代でもありました。シアトル系コーヒーも、土台となるのはエスプレッソ。それに、甘いシロップやクリームなどを使ってアレンジします。
甘いコーヒー。
チヤ(紅茶)文化のネパールといかにも親和性がありそうです。それに、ネパールでは元々インスタントコーヒーを甘くして飲まれていました。‟シアトル系”コーヒーが馴染みやすいわけです。
でも、ハンドドリップしたブラックコーヒーとなると話は違います。
上のような事柄が作用して、ネパールでは「コーヒー=エスプレッソ(シアトル系)」という構図が出来上がってきたものと私は考えています。
‟苦い”コーヒーは飲まれないのか
では、ネパール人が‟オリジナルコーヒー”(本来のコーヒー)と呼ぶ、苦味のあるままのコーヒーは飲まれないのでしょうか?
そんなこともありません。徐々に、オリジナルの味わい深さに気が付くようになった人たちもいます。それで、ちょっとリッチなものや外国趣味の物が手に入るスーパーマケットには、コーヒープレスが置いてあるわけです。
とはいえ、香りや発泡具合を楽しみながら自分の手でゆっくりドリップしてゆくという習慣はほとんど存在していません。市販のコーヒーマシーンで淹れる人はいますが、自分の手でドリップする人はほとんどいません。ドリッパーがないわけですから、ペーパーフィルターも一般のお店ではまず売っていません。
あ、でも、ちょっと待ってください。。。ペーパーフィルターがないからドリッパーがないのか、ドリッパーがないからペーパーフィルターもないのか。。。鶏が先か、卵が先か。。。
これは、日本とは全く違うルートをたどった、ネパールのコーヒー文化の発展の仕方です。
実は、このシリーズを書くことに至るアイディアが浮かんできたのは、私個人がネパールでドリッパーを入手するのにとても苦労した経験からでした。
ドリッパーを探せ!
コーヒー器具コーナーの写真をもう一度見ていただくと、プラスチック製品がないことが分かります。
ネパールにおいて、プラスチック製品は意外と割高です。品質は日本のものより劣るにも関わらず、日本よりも高価です。
店中いたるところにプラスチック製品が並んでいる日本とは異なり、ネパールのスーパーマーケットではプラスチック製品が一か所にまとめられています。バケツ、タライ、水筒…ありとあらゆるプラスチック製品があります。
煩雑さの中にもネパール独特の秩序をもって並べられた数多のプラスチック製品の中からコーヒードリッパーを探し出そうとするのは、まるで宝探しのようです。
しかし、何度往復して探してみてもドリッパーは見つかりません。
結局、ドリッパーは後日カフェで購入しました。まだネパールでは、ドリッパーは、よっぽどコーヒーの魅力にはまったごく一部の人たちだけにしか需要がないようです。スーパーマーケットの品ぞろえから、そんなことが見えてきます。
最後にドリップケトルに注目してみる。
さて、ドリッパーがなく、ハンドドリップが一般的でないということは、ドリップケトル(ポット)の需要もないということになります。
探してみましたが、やはり直に火にかけることができ、また細い注ぎ口になっている、コーヒー用のそれらしきものは見当たりませんでした。
とはいえ、急速にコーヒー文化が浸透しつつあるネパールですので、各家庭にドリッパーとペーパーフィルター、ドリップポットが普通に置かれるようになる日も実はそれほど遠くないのかも知れません。
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